「画家として立つ」(その1)
坂口哲啓『書簡で読み解く ゴッホ』より

Reading Journal 2nd

『書簡で読み解く ゴッホ――逆境を生きぬく力』 坂口哲啓 著 
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

第2章  画家として立つ――ブリュッセル・エッテン・ハーグ・ドレンテ(前半)

七回もリセットをしたゴッホは、やっと画家への道を歩み始める。第2章は、ゴッホの画家人生の初期 [ブリュッセル・エッテン・ハーグ・ドレンテ] を扱っている。この修業時代にゴッホはケーとシーンの二人の女性と出会う。ケーには拒絶され、シーンとは家庭的な幸せを試みたものの、結局画業のために分かれる。以後のゴッホは、画業のみを追求していく。


ゴッホとテオの手紙の交換は10カ月途絶えた後、ゴッホはテオに長文の手紙を書いた。ここで彼は、自分の人生や絵についての考え方さらにはその芸術論などを細かく論じている。そして、グーピル商会で出世していたテオは、兄を援助することになる。著者はテオの心のうちを、こう推察している。

「困ったお兄さんだが放っておくわけにもいかない。あんなに絵を描きたがっているんだし、あの性格では仕事をするのも無理だ。ぼくが面倒を見るしかないな」。おそらくこんな気持ちでテオは兄を援助することにしたに違いない。(抜粋)

ここから、ゴッホの絵の修業が始まった。彼は炭鉱町を離れブリュッセルに行った。ここで、彼はテオの紹介で、若い画家、アントン・ファン・ラッパルトと出会い友情を結んだ。ここでゴッホは、精力的に画業に打ち込んだが、彼を見る親せきの冷たい眼にも気づいていた。

フィンセントは、いわば四面楚歌のなかで画家への道を踏み出したのだ。しかし、彼のなかには、そんなことを吹き飛ばすほどの創造へのエネルギーが満ち満ちていた。その途方もない量のエネルギーは、四月半ばにエッテンに帰って以降、一気に噴出するのである。(抜粋)

ゴッホは、父の赴任地エッテンに帰る。そして牧師館につづく一棟をアトリエとして使うことを許される。ここでゴッホは、素描練習などの基礎訓練に明け暮れ、人物描写などは長足の進歩を遂げる。

このようにゴッホは充実した日々を送っていたとき、夫を亡くしたばかりの従姉のケーが、息子と共に牧師館を訪れる。そして彼は、この従姉を熱愛するようになる。ゴッホの恋愛の特徴は、自分の一方的な愛情に夢中で相手の気持ちを考える余裕がなくなることだと著者は指摘している。ゴッホは、ケーに告白するが、拒絶されてしまう。

従姉の拒絶を覆すことができなかったフィンセントは、深い失望を味わう。この失恋が彼の心に与えたダメージは測り知れないものがある。しかし、反面、憑き物が落ちたようなところもあったのだ。いずれにせよ、フィンセントの青春は、もの失恋とともに文字通り終わりを告げたのである。(抜粋)

ケーとの恋愛騒動でゴッホと父親との関係は険悪なものになっていった。ゴッホは、この後、ハーグに行き、マウフェの指導をうけ油絵の修業をしている。彼はこのままハーグに残るかまたエッテンに帰るか悩むが、いったんエッテンに戻ることにする。

しかし、そこで待っていたのは父親との大喧嘩だった。原因はゴッホがクリスマスに教会に行かなかったことによる。どうして教会に行かなかったのかと問われると、彼は父親たちの信仰は、形式的なのですでに死んでいる、と答えた。ゴッホは即日、家から追い出される。著者はここでゴッホの書簡から彼の信仰についての考え方が分かる部分を引用している。

「聖職者たちの神なんてぼくにとっては完全に死んでいる。しかし、だからぼくは無神論者なのか。聖職者たちはぼくをそうみなす---よかろう---だが、いいね、ぼくは愛する。では、どうしてぼくは愛を感ずることができるか、もしもぼく自身が生きていなかったら、また、もしもほかの人たちが生きていなかったなら。われわれが生きていればこそ、そこに驚異の何かがある。今、それを神と呼ぼうと、人間性と呼ぼうと、あるいは何かと呼ぼうと、そこには、極めて生き生きとしていて真実なるものでありながら、ぼくには一つの体系で定義できない何かが確かにある。そう、それがぼくにとっての神だ、もしくは神と同じようなすばらしいものだ。」(書簡164)(抜粋)

この書簡を読んで思い出したのは、ちょっと前にテレビでみた遠藤周作の『深い河』の特集である。主人公はその神をなんと呼んでもよいという。例えば「タマネギ」と呼んでも良いというのである。なんだろう?信仰とか神とかを突き詰めるとそういう結論に達するのかな?と思った。


関連図書:遠藤周作(著)『深い河』 新装版 講談社(講談社文庫)、 2021年

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