「近代仏教」とは何か? — 廃仏毀釈からの出発(その1)
末木 文美士 『日本仏教再入門』より

Reading Journal 2nd

『日本仏教再入門』 末木 文美士 編著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

第七章 廃仏毀釈からの出発 近代の仏教1(大谷栄一) (その1)

今日から「第七章 廃仏毀釈からの出発」にはいる。そして第七章~第十章は、大谷栄一が担当し近代仏教について解説されている。

第七章は節ごとに分けてまとめるとする。今日のところ“その1”では、近代仏教の定義を示したうえで、明治以降に使われ始めた仏教という言葉、宗教という言葉を通して、日本人の仏教観が儀礼的要素(プラクティス)の軽視、個人の内面的な信仰(ビリーフ)中心となったことなどが解説されている。それでは読み始めよう。

はじめに

日本の近代仏教が明治初期の神仏分離・廃仏毀釈への対応から始まったとし、第七章の各節のテーマを提示している。

  1. 「近代仏教」とは何か?:ここでは「近代仏教」の定義と特徴を概観する
  2. 廃仏毀釈と教導職:明治政府の宗教政策と仏教界
  3. 近代日本の祭政教関係の制度化:明治二〇年に制度化された近代日本の政教関係(祭政教関係)を島地黙雷ら真宗勢力が果たした役割に注目し検討

1.「近代仏教」とは何か?

「近代仏教」の定義

まず著者は、「近代仏教」「一九世紀以降、日本を含むアジア、欧米の世界中に現れた近代的形態」と定義し、日本では、「幕末・明治維新を起点とし第二次世界大戦までの仏教」としている。また、近代仏教は日本だけの現象でなく世界各地に存在し、アジアでは伝統思想である仏教の再編成、西洋では、東洋からの移入という形をとる。

この「近代仏教」を学ぶことは、日本における仏教思想の展開、寺院制度や儀礼・実践の変遷を考えるときに重要となる。

「仏教」「宗教」などの言葉から影響

近代仏教を考えるとき「仏教」や「宗教」などの新語が入ることによる、人々の意識の変化に注意する必要がある。

「仏教」は、それまで「仏法」「仏道」と呼ばれていたものが、他の宗教の一つで圧という意味で使われ始めた。そして、宗教という語も西洋の「レジジョン(religion)」の訳語として明治一〇年以降に日本に定着した。

磯前純一によると、

レリジョン概念の中核にはキリスト教(とくにプロテスタンティズム)の影響が色濃い。儀礼的要素(プラクティス)を軽視し、個人の内面的な信仰を重要視して、教義や信条(ビリーフ)中心という特徴がある。(抜粋)

この「ビリーフ」中心主義が日本の「宗教」そして「仏教」の概念にも反映している。「仏法」「仏道」から「仏教」に呼称が変わったことで、「仏教」を「宗教」とする見方、すなわち個人の内面を重視したビリーフ中心主義を重視する認識が一般化した。

「近代仏教」と「伝統仏教」の関係

「近代仏教」は、「伝統仏教(古代~近世)」の仏教が近代化したものだが、仏教の伝統すべてが近代化したのではない。

ここでは、「近代仏教」「伝統仏教」の違いを考える。

まず近代仏教のイメージは合理的・理知的であり、ビリーフ中心主義ということが言える。しかし、これに当てはまらないものもある。その一例として著者は、プラクティス中心の「葬式仏教」をあげている。ただし、「葬式仏教」も近世のものと近代の者とは違い近代化している部分がある。

つまり、伝統仏教=前近代、近代仏教=近代の現象なのではなく、葬式仏教もまた近代仏教なのである。(抜粋)

近代仏教は、伝統仏教と切り離して考えることはできず、近代以降の日本仏教における近代的なものと伝統的なものとの複雑な関連性を理解することが求められる。

また著者は近代仏教を見るとき、その重層性にも注意が必要であると指摘している。

日本の近代仏教は、

  1. 伝統仏教:浄土宗、浄土真宗、曹洞宗、日蓮宗など
  2. 仏教系新興宗教本門佛立講ぶつりゅうこう(現・本門佛立宗)、霊友会、創価学会、真如苑など
  3. 民俗仏教:葬送儀礼や踊り念仏など
  4. 仏教改革運動:滝沢満之の精神主義、境野黄洋さかいのこうよう高嶋米峰たかしまべいほうら新仏教運動、田中智学の日蓮主義など

に大別される。

これらは、さまざまな層は相互に関連し合い、複雑な関連性がある。このように近代仏教は重層的なものである。

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