『続・日本軍兵士』 吉田 裕 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
1 疲労困憊の前線 — 長距離行軍と睡眠の欠乏 第2章 日中全面戦争下 —拡大する兵力動員
今日から「第2章 日中全面戦争下」に入る。第1章において明治より満州事変までを辿り、疾病との戦いと呼ばれた日清戦争以来、軍事衛生、軍事医療の進歩により戦病死者の割合が減る過程を追った。しかし、日中戦争が膠着状態になる、戦病死者の割合が増え始める。第二章では、日中戦争下における兵士について戦病死者数をキーワードに追っている。
そして今日のところ「疲労困憊する前線」は、日中戦争が膠着した状態で兵士の戦意が失われ、戦病死率がじりじりと上がっていく様子についてである。それでは読み始めよう。
兵士の戦意喪失と戦病死者率の増加
日中戦争が膠着すると、日本軍の軍事的侵攻能力も限界に達する。そして兵士の士気にも陰りが生じた。その状況で、陸軍幹部の死亡率が高くなっていった。それは、兵士の戦意が低くなったため
幹部が危険を冒して「模範」を示さなければ突撃をためらう兵士、幹部の掩護に無関心な兵士が存在するため、幹部の死亡率が高くなったという意味である。(抜粋)
このように兵士たちは萎縮し「奮進」できない状態となっていった。
このころの戦病死者の割合は、四〇年には日露戦争を大きく上回る四六.二二%、翌四一年には、五〇.二一%に達した。
多発する戦争栄養失調症と精神病患者の増大
日中戦争期の戦病(戦地での病気)には、これまでの戦争にはほとんど見られなかった新しい特徴が現れていた。(抜粋)
その一つが、「戦争栄養失調症」の多発である。
陸軍では、原因のよくわからないものの、長期間にわたる生鮮食料品の不足、心身の過労のため、高度の栄養障害を起こした戦病を、ひとまず「戦争栄養失調症」と呼ぶことにした。(抜粋)
陸軍での飯盒炊さん方式では、宿営地に到着したあと、夕食を炊爨して食べ、さらに翌日の朝食、昼食の二食分を炊事するため、ほとんど寝る暇もなかった。そして、睡眠できずに過労するため、兵士は消耗していった。
飯盒炊さん方式と徒歩でも行軍は、兵士にとって明らかに大きな負担になっていた。(抜粋)
もう一つの特徴は、「精神病患者」の増大である。
ここで著者は、日本国土に還送された患者の中で精神疾患の患者が占める割合の表を示し
アジア・太平洋戦争の開戦前では、一九四〇年から四一年にかけての増大が著しい。(抜粋)
と説明している。


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