犠牲の不平等 — 人間軽視
吉田 裕 『続・日本軍兵士』より

Reading Journal 2nd

『続・日本軍兵士』 吉田 裕 著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

4 犠牲の不平等 — 兵士ほど死亡率が高いのか 第4章 人間軽視 — 日本軍の構造的問題

今日のところは、第四章「人間軽視 — 日本軍の構造的問題」の第四節「犠牲の不平等」である。日本陸海軍では、将校よりも下士官、下士官よりも兵士に重い負担がかかっていた。これは「犠牲の不平等」という問題と重なる。それは、招集をめぐる不平等に始まり、食料分配、戦死の不平等など様々なものがある。著者は、利用できる資料がほとんど残っていないこの分野について、さまざまな面から考察している。それでは読み始めよう。


将校より下士官、下士官より兵士により大きな負担がかかっているという問題は、「犠牲の不平等」という問題とも重なってくる。ほとんど先行研究のない分野だが、最後にこの問題を簡単に見てみよう。(抜粋)

兵役負担の不平等

日本の徴兵制では、管理職、専門職に就いている高学歴の「上層ホワイト」層は、どの時代でも徴集される可能性が低かった

この原因には、高学歴者が一般の労働者や農民よりも体格が劣っていたという事情も考慮しなければならない。しかし、徴兵検査の時の軍医の温情や情実によって、高学歴者が徴兵を免れた可能性があった(ココ参照)。

また、高学歴者は戦死する可能性がより低い経理部の予備将校を志願するという選択があった。そのため比較的危険度が低い後方勤務につくことができる高学歴者ほど戦没率が低い可能性がある。

しかし、著者は信頼できる資料が残っていないため、この問題に簡単に答えられないと注意している。また、高学歴者に不信感があり消耗品としか捉えない日本陸海軍の特性も考慮されなければならないとしている。

さらに、徴兵や招集に関する軍事行政事務を担当する連隊区司令部にも抜け道があり、贈収賄により招集を免れる事例があった。さらに、地縁、血縁がらみの「情実人事」も行われていた。

食料配分の不平等

兵士の生死にかかわる重要問題としては、補給を絶たれた島々における食料分配の問題がある。(抜粋)

食糧が少なくなった島々では、食料の供給量が階級の上のものに厚く分配されていた。東カロリン諸島のクサイ島での記録により、上陸時の体重と敗戦時の体重を各階級別に比べると、将校は増減なし、下士官はマイナス三キロ、兵士はマイナス四.二キロだった。さらに兵士の場合は、下級兵ほど飢えに苦しめられた。兵士たちは食糧難のため陣地構築の合間に食料探しをしたが、下級兵ほど暇がなく、食料探しも思うに任せず多くの栄誉失調死をまねいた。

見逃すことができないのは、食料分配をめぐる不平等が、上官と部下との間の信頼関係を大きく傷つけたことである。このことは、戦後の日本人の軍隊観や戦争観に、大きな影響を及ぼしている。(抜粋)

戦死における不平等

最大の難問は、軍隊内の階級の違いによって、戦死をめぐる「犠牲の不平等」が成立しているか、という問題である。(抜粋)

階級が上がれば後方の安全地帯にいることが多く、戦没率(戦死+戦病死)が下がり、階級が下がると最前線に投入されることが多くなり戦没率が上がるという関係になるかということである。

日本政府は、年次別・年齢別・階級別の戦死者・戦没者数を集計し、公表していないため、確かな統計はない。

この問題は、複雑な要因が絡んでいて、最前線では「尉官クラス」(少尉・中尉・大尉)の戦没者はかなり高い。彼らは、消耗の激しい第一線で小隊長・中隊長クラスであり最前線で闘うことが多いく、さらに突撃第一主義を取っている日本軍では、戦死する率は高かった。将校だからといって戦死率が低いとは言えない

しかし、それでも、補給を絶たれて飢餓に苦しめられた離島の守備隊のようなある種の極限状態の下では、より下の階級の者より大きな負担がかかるという関係性は成立していると思われる。(抜粋)

この問題については、藤原彰の先駆的分析がある(「天皇制と軍隊」)。これによると、米軍の上陸はなかったが、補給が絶たれて飢餓状態となったメレヨン島の場合には、

  • 将校:三三%が死没
  • 准士官:二三%が死没
  • 下士官:六四%が死没
  • 兵士:八二%が死没

であった。この背景には食料の配給が上に厚く下に薄い現実があった。ここでは米軍の上陸が無かったため大部分は戦病死者である。

「長台関」の悲劇ココ参照)でも、「階級間格差」の問題があった。中国戦線で従軍した森金千春によると、師団百六十六名の犠牲者は重装備と疲労の果てにたおれたのであり、死者は全部兵士で将校は一名もいなかった

ここで著者は、士官学校各期の人物の動静をまとめた資料(『市ヶ谷台に学んだ人々』 (二〇〇〇年)をもとに、まとめた表を示している。それによると戦没者数自体は非常に高い数字となっているが、戦病死に着目すると、低い値となっている。

つまり、日本軍が人命軽視の突撃第一主義を作戦上の特質にしていたこともあって、将校からも多数の戦死者を出している半面、給養や医療の面で将校は優遇されるため、戦病死率は低くなると考えられる。(抜粋)

ただし、当時は戦病死が戦死よりも「不名誉な死」と捉えらえていたため、第一線で戦病死した将校を戦死と偽って報告する場合もあり、実際には将校の戦病死ももう少し多いかもしれない。

コラム⑤ 軍歴証明と国の責任

軍歴証明(あるいは軍歴証明書)はとは、かつて陸海軍の兵士であった人の入隊から除隊までの履歴である。本人とその家族親族が交付申請できる。請求先は陸軍の場合は本籍地の都道府県、海軍の場合は厚生労働省である。(抜粋)

もともと軍人恩給の申請に必要な書類であるが、子や孫の世代からの申請も増えていて『軍歴証明の見方・よみ方・とり方』という本も刊行されている。

しかし、この軍歴証明には大きな問題がある。それは、一人ひとりの軍人の履歴に関する基礎的データが失われているため、軍歴を証明できない場合があることである。

軍歴証明のための基礎資料となる兵籍簿へいせきぼが所属部隊の全滅、空襲による消失、敗戦直後の焼却などのため不十分であることが原因である。厚生省によれば、昭和時代の軍隊経験者は約九七〇万名、そのうち約二四〇万名分の兵暦簿等の基礎データが行方不明であり、現存するものも不完全なものが多い。

国家の命令によって招集され軍務についた者に関しては、その個人記録を整理し、必要な場合は補正する責任が政府の側にあるはずである。しかし、現状ではそうなっていない。(抜粋)

また、軍歴証明に関しては政府が統一した方針を持たず、各都道府県に丸投げされているため、その申請条件などがまちまちで「親族の戦争体験を知る機会に格差が生じている」

「戦争の後始末」という点で、日本政府は自らの責任を果たしていないと言わざるを得ない。(抜粋)

関連図書:
藤原 彰(著)『天皇制と軍隊』、‎青木書店、1998年
栗須 章充 (著)『軍歴証明の見方・よみ方・とり方』、日本法令、2015年

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