週刊現代2026.02.16
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
レイ・ダリオ寄稿 「日本と日本人が生き残る道 中国・円安・株」(後半)
今日のところは、レイ・ダリオの週刊現代への寄稿の”後半“である。”前半“では、対中国対応という政治的問題を皮切りに、現在の円安傾向が構造的あり、それに備えなければいけないということ、さらに日本版トラス・ショックが起きるかという問題が論じられた。今日のところ後半では、日本経済の停滞の問題と現在の株価がバブルであるかという問題、さらにこれからのAI時代に日本がどう対応した方が良いかが論じられる。それでは、読み始めよう。
Question 4 日本経済はなぜ停滞しているのでしょうか?
レイ・ダリオはその著書で覇権国家は500年周期で興亡するという「ビッグ・サイクル説」を唱えているが、日本はその「後期衰退段階」の兆候を示している。その特徴は、
- 長期金融緩和の常態化:本来一時的措置の金融緩和が「やめられない政策」となっている。経済の活性化よりも、資産価値や金融システムの安定化が優先され、結果的に、生産性や経済力の底上げになっていない。
- 財政ファイナンスへの疑念:国債を中央銀行が吸収する構造となっていて、市場規律が弱まり、財政の継続性への警戒感も弱まっている。これは短期的には安定をもたらすが、長期的には改革の先送りとなる。
- 中央銀行の政治化:その独立性よりも、政策運営や社会不安の緩和が優先され、金融政策が「痛みを覆い隠す緩衝材」となっている。
これらの三つの政策は総じて、改革のコストを回避し続けた国家が、最終的に選びがちな「安定装置」だと言えるでしょう。(抜粋)
このように出口を見失った日本が、欧米で広がっている激しいポピュリズムに向かう可能性は低い。それは、
- 明確な対立軸が無い:日本は人種・宗教・移民といった明確な対立軸が無いため、社会的不安が特定の「敵」に集中しにくい構造的要因がある。しかし、その怒りは、内に向かい沈殿しやすい。
- 国家への期待が低い:そのため裏切られても、逆に爆発しにくい
- ポピュリズムの政党内取り込み:既存政党とりわけ自民党が疑似的なポピュリズムを内部に取り込んでいる。右も左も吸収しているため、反エリートという言説が外部の急進派と結束しにくい。
そのため「激しいポピュリズム」には向かいづらい構造となっている。
しかし、何も起きないわけではなく、日本で進行しやすいのは、投票率の低下や政治への無関心、「どうせ変わらない」という諦観という「沈黙のポピュリズム」である。政策や財政が高齢者に集中すれば、若年層は結婚・出産を回避し、海外へと流出する。正社員でも暮らしが楽でなくなり、いわゆる中間層が融解し資産を持つ層と持たない層の格差が固定化される。そこで生まれるのは怒りではなく無力感であり、社会不安が爆発するのではなく、散発的に現れる社会となる。
日本の今後10~20年を展望すると、最も現実的なシナリオは、低成長と緩やかなインフレ、円安の継続でしょう。
金融抑圧は続き、預金者は静かに重荷を負います。(抜粋)
日本は、長い下り坂に差し掛かっているが、それでもまだ致命的な段階ではない。言論の自由は保たれ、暴力が常態化しているわけでもない。「ビック・サイクル」理論では、最も危険なのは、衰退期に現実を直視できないことである。日本は、まだ選択の余地があるが、その猶予は長くはない。日本の「怒りを外に出さない」という美徳は社会の安定を保つとともに衰退を長引かせる要因にもなる。
この著書というのは恐らく、レイ・ダリオ『世界秩序の変化に対処するための原則』だとおもわれる。4000円。。。(つくジー)
Question 5 日本株は「バブル」なのでしょうか?
現在の日本の株は、かつてのような典型的なバブルではないが、安全な相場でもない。
「泡」ではないが「薄氷」の上に成立している相場だと捉えるのが、最も現実に近いと思います。(抜粋)
‘89年の日本株は明確な資産バブルであった。株価収益が企業の実態とかけ離れ、土地は値下がりしないという「土地神話」が社会を覆い、過剰投資で上がった株価が国力の証明と誤認され、幻想と熱狂が市場を包み込んだ。しかし、現在の株高には、バブルに不可欠な「熱狂」という要素が欠けている。
株高の中身も変わっている。現在の株高は、「円安による外貨建て利益」「海外投資家からの資金流入」「ガバナンス改革によるROE(自己資産利益率)改革」「株主還元の強化」「インフレ化での実物資産回帰」が要因である。企業収益も過去最高水準で、‘80年代のような含み益頼みの相場ではない。
しかし、この相場が危ういことには変わりない。最大理由は、株価の一部が「円安プレミアム」に強く依存していることである。そのため、為替が円高方向に急反転すれば、企業努力では制御できず、収益見通しが崩れ、株価も調整を免れない。さらに日銀が市場の「陰の安定装置」として存在している「歪み」があるため、その支えが外れた時、脆さを露呈する。そして株価上昇の恩恵が、一部の大企業や輸出産業に偏り、内需株や中小株に広がっていないことも持続性への懸念となる。このような視野に欠く相場は構造的に不安定である。
バブル経済のように、内側から膨張して自然崩壊するというよりも、外的ショックや政策転換によって「突然終わる」可能性が高いでしょう。(抜粋)
Question 6 日本はAI時代に生き残れますか?
AIに関しては、米国が独走している。その理由は、基盤モデル(大規模言語モデル=LLMや、マルチモーダルAI)、半導体(GPUの設計・供給・エコシステム)、さらに巨大資本・人材・データを束ねた集積構造を持っているからである。
さらに重要なのは、「失敗を覚悟で前進する」というリスク許容度である。AIに関しては、日本が米国に追いつく余地はほとんどない。
しかし、日本にもAIについての強みがある。AIの価値は「どれだけ偉いか」よりも「どこに、どのように埋め込まれるか」によって決まるからである。
その点で、日本は優位な位置にある。
第一に日本は機械と現実世界の接点がとても多いことである。製造業が盛んである点、医療・介護の需要が大きい点、インフラの保守点検、災害対応のニーズが多い点、こうした点がAIの価値を生む場所である。
AIは言語の世界で完結する技術ではなく、最終的には必ず「現場」に降りていきます。その「現場」を世界で最も多く、もっとも複雑な形で抱えているのが日本だと言えるのです。(抜粋)
第二に日本が「壊れたら困る社会」であることである。このような国民性は、イノベーションの足かせとなってきたが、AIが社会インフラとして深く入り込めば、むしろ強みになる。
第三に労働不足を世界で最も早く経験している国だからである。高齢化、人手不足、現場の空洞化などが深刻な問題になっているからこそ、「AIの使い道」を切実に考え、AIを代替手段として使わざるを得ない。
AI時代の国家の劣後は、AIモデルを作れないことではなく、AIを使って生産性や付加価値をあげられないことである。
日本人にとって最大のリスクは、「AIはすごいが、自分たちの仕事や働き方はぜんぜん変わらない」という状態に陥ることだと思います。(抜粋)
日本がAI時代に勝つには、「AI×現場」の実装国家になること、つまり、製造ラインの最適化、設備の保全、医療診断支援、そのた物流・建設・農業などの分野で、現場をAIにより統合することである。次にAIの「使い方」で付加価値を生む戦略をとること、AIを専門職向けに最適化し小規模でも高い付加価値を生むシステムを構築すること。また、AIの安全・運用・検証という分野は、慎重な国民性の日本が得意とする分野である。
しかし、厳しい現実もある。日本がAIで覇権を取ることはできず、GAFAのような巨大企業が生まれる可能性も低い、賃金水準や国力が相対的に低下するリスクも高い。
これからの日本では、「現状維持」は実質的に後退を意味します。(抜粋)
日本は、高齢化、災害、インフラ老朽化といった「AIが最も必要とされる課題」を、世界で最も早く抱える国であり、AI時代の先進国でもある。企業は、AI技術をホワイトカラー業務に使うことを最優先として行うべきである。このような間接部門の生産性を上げてなければ次の段階に進むことはできない。次の段階としては、データの統合と整備である。AI時代の失敗はモデルよりもデータを生かせないことにある。人的投資の考え方も変える必要がある。優秀なAIエンジニアでなく、現場の言葉をAIに伝え、アウトプットを経営陣に伝えることができる人材を育てるべきである。会社全員をデジタルへ移行させるのではなく、「AI通訳者」を育てる方が成功の確率は高まる。
日本は、AIの基盤モデルを作るのではなく、買って組み込んで使えばよい。「国産AI」幻想を抱くことが、日本企業にとって最も危険な選択である。もう一つ、日本企業はPoCの考え方を卒業する必要がある。PoCは、ある技術やアイデアが理論的・技術的に可能かどうかを小規模に確かめる試験のことであるが、日本はそこで止まってしまう。そうではなく、小さく作ってすぐに使い、三ヶ月以内にROI(投資対効果)を図って、ダメなら迷わず即撤退することが重要である。
AI投資の本質はIT投資ではありません。組織改革であり、意思決定改革です。そして変われない国にはAIは根づかない。(抜粋)
関連図書:レイ・ダリオ (著)『世界秩序の変化に対処するための原則 なぜ国家は興亡するのか』、日経BP 日本経済新聞出版社、2023年
[完了] 全2回


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