『日本仏教再入門』 末木 文美士 編著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第十四章 見えざる世界 日本仏教の深層4(末木 文美士) (その3)
今日のところは、「第十四章 見えざる世界」の“その3”である。ここまで、“その1”では、仏教の「顕と冥の世界観、歴史観」、“その2”でキリスト教や儒教と仏教の交流などを取り扱った。
そして、今日のところ“その3”では、近代における見えざる世界について思索を重ねた二人の思想家、田辺元と上原専禄に焦点を当てている。
3.近代の中の死者と仏教
死者をめぐって
一九九五年の阪神大震災、そして二〇一一年の東日本大震災と、日本は大きな災害に見舞われ、大勢の人の生命が失われた。災害は日常生活の中に突然に乱入し、老若男女を問わずに、あっという間にその生命を奪い去る。ある場合には、紙一重で死と生が分かれてしまう。生き残った者には、しばしばやり場のない罪悪感が残る。(抜粋)
近代の合理主義の中では、死や死の問題が正面から問われることはなく、仏教も本来はいかに生きるかを教えるものであるとされていた。
社会が上昇傾向にあり、経済成長がなされ豊かな社会へと変わっていく時には、死者の問題は必ずしも大きくならない。しかし、社会成長が止まった現代では、もう一度死の問題を考える必要が出てくる。
近代においては、死者の問題は思想や宗教の中心的な問題ではなかった。そのため極少数の思想家を除けば死者の問題を正面から取り上げていない。ここでは、その先駆的思想家、田辺元と上原専禄が取り上げられる。さらに著者は、
その他、死者との関りを重視した近代の思想家としては、宮澤賢治を上げることができる。賢治は若くして亡くなった妹トシとの交流を求め、それが原点となって死者との関わりを模索した。『銀河鉄道の夜』はその美しい結晶である。(抜粋)
ここに阪神淡路大震災のルポルタージュに精神科医の安克昌の『心の傷を癒すということ』たある。この本自体はまだ読んでないんですが、『100分de名著 安克昌 『心の傷を癒すということ』』は、読みました(放送が面白かったのでね)。それによるとここに書かれているように、生き残ったことへの罪悪感など、心理学的な視点からさまざまな症状が描かれている。
そして、ここでもまた宮澤賢治がでてきましたね。北川前肇の『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』を読んだときは、賢治と仏教の関係が意外な感じに思えたのですが、この本でしばしばその名が出てくる(ココとかココなど参照)。仏教を研究している人にとって見過ごすことができない人なんですね♬(つくジー)
死者との実在共同 — 田辺元
田辺元は、西田幾多郎の後任として京都大学の哲学科教授となった人である。多くの学生を戦場に送り出したことの反省から「懺悔道としての哲学」を唱えた。そして、最晩年に「死の哲学」を構想した。
これまでの哲学は「生の哲学」であったのに対して「死の哲学」を復活させなければならないとし、生者に対して死後にまで愛を持ち続けられる死者が生者と愛による協同の働きを「実在協同」と呼んだ。そして、死してもなお他者を思いやるような「実在協同」を成り立たせるのが菩薩であると考えた。この意味で田辺の死の哲学は菩薩の哲学ともいえる。
田辺は、このようにして、私たちが生者だけで世界を形作っているのでなく、そこに死者を迎えいれ、死者とともに生きるのでなければならないことを明らかにした。(抜粋)
著者は田辺のこのような主張は、当時は受け入れられなかったが、今日において現実味を帯びているとしている。
死者が裁く — 上原専禄
上原専禄は、進歩的な歴史学者であった。しかし、晩年に妻が病死し、そしてそこの医療過誤があったのではないかと疑いから、死者が告発し、死者とともに社会の不正と闘うという思想を展開した。
これは、日蓮信仰に篤かった上原が、自らの身を顧みずに国家への異議申し立てをやめなかった日蓮の思想を現代に生かそうとしたのである。
この上原の晩年の文章は『死者・生者』に集められている。そこには、死者を彼方に追いやろうとする日本仏教を激しく批判している。
この上原の死者論は、死者と神話的な田辺に比べると厳しく、苦しみ死へと追いやられた死者のみが、社会の不正を告発し、裁くことができるとしている。
第十二章で葬式仏教の問題を取り上げたが、かつては否定的にしか見られなかった葬式仏教が、近代死者との関わりという点から再評価されつつある。死者とどのように関わるのかは、今日、大きな問題として考え直していかなければならない。(抜粋)
関連図書:
安 克昌(著)『心の傷を癒すということ』、角川書店(角川ソフィア文庫)、2001年
宮地 尚子(著)『100分de名著 安克昌 『心の傷を癒すということ』』、NHK出版、2025年
北川前肇(著)『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』、NHK出版 (NHKこころの時代)、2023年
上原専祿(著)『死者・生者 日蓮認識への発想と視点 』、未来社、、1974年


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