伊曾保物語ーー四五〇年前から愛された翻訳文学
山口 仲美 『日本語の古典』 より

Reading Journal 2nd

『日本語の古典』 山口 仲美 著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

III 乱世を生きた人は語るーーー鎌倉・室町時代   22 伊曾保物語ーー四五〇年前から愛された翻訳文学

今日のところは『伊曾保物語』である。『伊曾保物語』って、そうそう『イソップ物語』です!
『イソップ物語』は古代ギリシャのイソップが紀元前六世紀ごろ作った作品である。天文一八年(一五四九)にやってきたポルトガルの宣教師たちが、日本人に倫理的教訓を与えようとて彼らが親しんでいた古典『イソップ物語』を翻訳した。それが、『伊曾保物語』の始まりである。それでは、読み始めよう。

天草本『伊曾保物語』

『伊曾保物語』は、天草本国字本の二種類がある。

  • 天草本・・・室町末期の文禄二年(一五九三)に出版された『ESOPONOFABVLAS(=イソップの物語)』。ラテン語で書かれた『イソップ物語』を「おぢゃる」「ものぢゃ」「ござる」などという、当時の話し言葉で訳してある。ローマ字で書かれているので、発音も分かる。
  • 国字本・・・仮名で書かれた『イソップ物語』。江戸時代に庶民に親しまれ、土地土地で人物名を変えただけで伝承されている。

両者は、取り上げられている寓話も、文体も差異がある。ここでは天草本で紹介されている(引用は漢字かな交じり文に直してある)。『イソップ物語』は「イソポが生涯の物語」「イソポが作り物語の抜書き」の二部構成である。

「イソポが作り物語」

ここで著者は、まず寓話に注目するとして、いくつかの寓話を紹介している。

「驢馬と狐の事」

ロバと狐が一緒にピクニックをしていると、運の悪いことに獅子に出会ってしまう。そして狐は思った。

今は逃れ難ければ、降参しかへちゅうして我が命を継がうずる」。(抜粋)

「返り忠」とは、裏切ることである。そして、キツネは獅子に言った。

いかに我らが帝王聞かせられい、それがしは命を助けさせるるならば、かのおんまわるように致さうずる」。(抜粋)

ここで、「手の曲に廻る」は、「手中に入れる」「自由自在にする」という慣用句。
獅子は狐の申し出を聞くと、「確かのその通りにせい。そしたら、お前を赦してやろう」と言った。すると狐は、ロバをくくりわなのある場所に連れていって、罠にかける。

そこで、獅子は「はや驢馬は逃るる道がない。まづは狐を」と思うて飛び掛かって忽ちくらひ殺し、次に驢馬をも食うた」。(抜粋)

そして話の最後に「下心(=隠されている意味)」として寓話の意味が書かれている。

身のためばかり思うて、他人にあたをなす者は、その報いを逃がるることはかなはぬ。結局人より先に難にふことが多い」。(抜粋)

「蠅と獅子王の事」

一匹の蠅が獅子の所へ行って、不遜にも言った。

そなたは(=わたし)よりも強うはない。それによってそれがし(=拙者)は貴所(=あなた様)をものとも思はぬ、これはくちしう思はせられば、しょうを決しさせられい」。(抜粋)

獅子はこの挑戦を受けて穴から出てくる。

蠅めはどこにるぞ」(抜粋)

言うと、蠅は獅子の鼻先に取りついて

これはなん(=これは、どうです!)」。(抜粋)

獅子は追いかけるが、

我が鼻を岩石にうちあててしたたかにきずかうむって」(抜粋)

すごすごと穴に戻った。

蠅はそばからかちどきを挙げて」帰ろうとしたところ「かけにかかりて」(抜粋)

結局、蠅は蜘蛛に食われてしまった。
この話は、「大勝負にかっても、おごってはいけない。落とし穴が待ち構えている。」という寓話である。

「犬が肉を含んだ事」

肉片をくわえた犬が川に写った自分の姿を見て、川の中の犬のほうが自分より大きい肉を持っていると思った。犬は、その肉を奪おうと思って川に首を突っ込み、口を開けると、持っていた肉片がポッチャンと落ちた。そして、その教えは、

どんよくに引かれ、ぢやうなことに頼みをかけて我が手に持ったものを取りはづすなといふことぢゃ」。(抜粋)

である。

イソポの生涯と珠玉の教訓

このようにイソップ童話には庶民に向けての教えが記されていて、支配者への教えはほとんど書かれていない。それは、イソップの生涯が関係している。
『伊曾保物語』の前半は、イソポの生涯を語っているが、それによると彼は、国が戦争に負けて奴隷として売られた身であった。

彼の容顔はこの世に二人としていないほど醜い。だが、彼には素晴らしい知恵が授けられていた。容顔の醜さ、奴隷という劣悪な条件をものともせず、イソポは自分に授けられた知恵を生かして生き抜いていった人物だったのです。(抜粋)

彼の童話は、自身の悲惨な境遇を乗り越えていった過程で会得したものだった。そして、その教訓を抽象的に語るのではなく、動物たちを主人公にした物語の形で語った。それが、『伊曾保物語』の卓越したところである。


なるほど、ヨーロッパの『イソップ物語』が450年も前に翻訳されて『伊曾保物語』になったのか。そのころから日本でも大人気ってことは、要するにヨーロッパにも日本にも通じる共通の戒めだったわけね♬(つくジー)


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