『モチベーションの心理学 : 「やる気」と「意欲」のメカニズム』 鹿毛雅治 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第7章 場とシステム―環境説(その9)
5 「場」としての環境
今日より5節「「場」としての環境」である。ここでは、「場」とモチベーションの関係について考えている。今日のところは、予めデザインされたような場ではなく、現在進行形の「今、ここ」感覚の場とモチベーションについて、さらにコミュニケーションにおける「心構え」のモチベーションの影響について解説され、そしてそのような「場」を通してどのようにしてモチベーションが伝染するかについてである。
ここでは、コロナウィルスによるパンデミック、そして、自動車業界に伝わる「真夜中の神話」を例にして、「場」というものを考えている。
コロナウィルスのパンデミックという予期せぬ事態がわれわれの対人的、社会的、政治的な行動様式、すなわちモチベーションを全般に重大な影響を及ぼした。そして、このパンデミックにより出現した「環境」は誰かがデザインした意図的な環境ではなく予期せぬ現象によって、新たな事態、状況、行為が連鎖的に生み出されている。このように変化する「環境」によりわれわれのモチベーションは影響を受けた。
このように考えてみると、モチベーションを「場の力学」に基づく現象として理解することの重要性が見えてくる。…中略・・・・モチベーションは、「場」のあり方に即応して自ずと生じるものなのである(第1章7節)。(抜粋)
このような意図的に予定されていない「場」の例として雑談が挙げあれる。雑談はまさに「今、ここ」の場で生み出される現在進行形の現象である。米国自動車業界には「真夜中の神話」という言い伝えがある。これは、名車のアイデアが、真夜中の雑談の中で生まれるというものである。
「真夜中の神話」からわれわれが想像するこのような雑談の風景こそ、モチベーションに及ぼす「場の力学」を語るのにふさわしい。この会議室は、雑談というコミュニケーションを媒介として卓越したアイデアが創出される場だったのだ。その雑談を支えていたのは、すばらしい新車を世に生み出したいとする一人ひとりのメンバーのモチベーションだったに違いない。しかも、そのモチベーションがその場の空気を創り出すとともに、メンバーのモチベーションはその場によって促される。このような場とモチベーションの相乗効果によって、後世に名車と呼ばれるような斬新なアイデアが生み出されたというわけである。(抜粋)
人びとの行為は、現在進行形でお互いに関わり合う「今、ここ」体験で創発される。
日々のコミュニケーションは、その場のダイナミズムに巻き込まれ、「場の力学」に依存して創出される。そして、コミュニケーションは言語情報だけでなく非言語的なものも含めた他者と関わるプロセスに含まれる意味の交流の総体である。
その基礎となるのが、相手と向き合う際のスタンス、平たくいうなら「心構え」であろう。(抜粋)
この心構えは相手とのコミュニケーションに影響を及ぼし、当人たちのモチベーションをも左右する。
マルティン・ブーバーによると他者との関わり合いにおいて、そのときにその人がとる「心構え」によって、われわれの体験は、<われ-なんじ>と<われ-それ>の2つに区別される。
- <われ-なんじ>:他者と自分を切り離すのではなく、「われ」と分かちがたい不可分な「なんじ」として向き合うような態度
- <われ-それ>:特定の人を「あなた」ではなく「彼」「彼女」ととらえるように、相手を対象化するような向き合い方
この<われ-それ>は、「人をモノ扱いする」「他者をコマとみなす」のような心構えであり、相手を独自で主体的な存在とみなさず、自分が利用する対象、あるいは達成の手段として「こちらの思い通りにコントロールしようとする態度」である。そして、そのような心構えはいくら隠そうとしても自ずと伝わってしまう。
この点に関連して、自己決定理論では、他者とのかかわり方(動機づけスタイル)を2つに区別している。
- コントロール:他者が特定の結果を達成するようにプレッシャーを与えるようなかかわり方
- 自律サポート:当人の自律性を支援するようなかかわり方
コントロールに比べて自律性サポートは、内発的動機づけや、外発的動機づけの自律化のプロセス(第5章3節)を促すなど、モチベーション、エンゲージメント、発達や学習、パフォーマンス、心理的健康のいずれに対してもポジティブな効果があるとされている。(抜粋)
ここから、このようなどのような「場」が居心地よく、そしてその「場」によって構成員にモチベーションが伝染していくかについての話になる。
「あなた」を主体的なエージェントとみなすことは、「あなた」を唯一無二のユニークな存在として認めることにほかならない。(抜粋)
このような「心構え」が相手に伝わることで、「信頼する-信頼される」という人間関係が育まれ、互いの「関係性への欲求」が満たされる。そして、相互理解や信頼感も深まり「感情的な絆」として安定する。
この「関係性の欲求」が日常的に満たされ、感情的な絆が安定している「場」は、その人にとって「居心地の良い生活空間」となる。家庭はもとより職場や学校がこの「居心地の良い空間」であるかという観点は重要である。
このような「場の空気」は、構成員に伝播する。つまり場の空気、さらには場が持っている文化に感化されて行動が変わっていく。これはまさに、環境が持つモチベーションへの影響力と言える。
このように「ある人の感情や態度や行動が、意図や意識を伴わずに、別の人へと広がる現象」を「社会的伝染(social contagion)」という「感受伝染」「目標伝染」などがある。
- 「感情伝染」は、「他者の表情、言語表現、姿勢、動作を無意識のうちに擬態して同調し、その結果として感情的に一致する傾向性」である。このように伝染した他者の感情はわれわれの行動を無意識のうちに自動的に引き起こす。
- 「目標伝染」は、「他者の目標を無意識にまねる」というものであり、他者の行動から無意識のうちに目標(意図や動機など)を非意識的に選択して自動的に行動する現象である。
それ以外にも「内発的動機づけ」が伝染することを示す研究もある。
このようにモチベーションの社会的伝播は、システムIによる非意識的プロセスに基づくモチベーションによる現象として理解することができるだろう(第6章1節)。われわれは、他者のモチベーションを「直観」によって察知し、そこから自動性(第6章1節)のメカニズムを通して、結果的にそれを無意識にマネすることになるというわけだ。このプロセスには、ミラーニューロンのような神経生理学的なはたらきも関係しているという。 以上見てきた通り、モチベーションをめぐる心理現象は、相互に影響を及ぼしあう社会的でダイナミックな性質を帯びている。「場の力学」の少なくとも一部は、このモチベーションの社会的伝染によって説明できるのである。(抜粋)
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