『憲法とは何か』 長谷部 恭男 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第4章 新しい権力分立?(その3)
今日のところは、「第4章 新しい権力分立?」の“その3”である。“その1”において、アッカーマンの「新しい権力分立」論が紹介され、“その2”では、日本の「首相公選論」についての考察であった。今日のところは、日本の「制約された議院内閣制」についての議論である。それでは、読み始めよう。
日本はどこまで「制約された議院内閣制」といえるか
第4章の冒頭で、著者はアッカーマン教授の来訪時のエピソードに触れているが、その時、アッカーマンの報告に対して著者は、コメントをする立場であった。そこで、著者は二点指摘する。
- 「制約された議院内閣制」がアメリカの大統領制より優れているならば、なぜアメリカ合衆国の政治体制を「制約された議院内閣制」へと変更するように、改革の提案をしないのか
- 日本の政治体制はどこまで「制約された議院内閣制」と考えるか
①の論点に対してアッカーマンの返答は、「一国の憲法の根本理念を変更するのは極めて困難である」というものであった。アッカーマンの狙いは、これから新しい憲法を作る民主主義国家にとって、取りうる政治体制はアメリカ型の身でないことを認識させることである。
「制約された議院内閣制」に対するアッカーマンの返答
ここより②の論点に対するアッカーマンの返答とそれに対する著者の新たな論点が示される。
まず、日本は
- 憲法において「議院内閣制」を採用
- 内閣は議会に対して政治責任を負う
- 行政府および議会の権限は、違憲審査権を持つ裁判所によって制約されている
- 官僚機構は政治的に中立かつ専門的技術的知見に基づいて政治部門の決定を遂行する
など「議院内閣制」の諸条件を満たしている。
アッカーマンは、日本の議院内閣制を分析し
- 裁判所の制約が「弱々しい」と指摘
- 官僚機構の政治的中立性に疑問
と発言した。
ここで②の官僚機構の中立性については、まず、アッカーマン氏は、官僚機構は政権党が入れ替わる体制では、党派中立性を体現することが必要であると分析する。アメリカのような大統領制では、政治部門内部に様々な政治勢力が割拠するため、官僚機構に複数の政治組織を操るなどの、術策を弄する地があり、党派政治からの中立性が保たれない。
これを踏まえて、日本の政治を分析すると、戦後の日本はほとんど常に自由民主党が政権党の座にあり、整合した体系的政策の遂行を目指した政治家の集まりでなく、むしろ、党総裁=首相の座を争う派閥の集合体である。そのため、大統領制と同じように政府内に様々な政治勢力を抱えているため、官僚の中立性が保たれない。
日本の官僚機構は、イギリスの官僚機構と同じ程度には、党派政治から中立的であるとはいえない。(抜粋)
次に①の行政及び立法に対する制約の「弱さ」についてであるが、アッカーマンの見解は、マーク・ラムザイヤとエリック・ラスムッセン両氏の分析に依拠している。
両氏は、
- 日本では、自民党がほぼ一貫して政権党の座にある。
- 違憲審査権限者である最高裁判事の人事権は、内閣が持っている。
- 最高裁判官は六〇歳前後で任官し、七〇歳で定年を迎える。そのため、自身の考えを体系的に判例として残すほどの期間がない。
と分析し、そのため「最高裁が違憲立法審査権の行使に極めて慎重になっている」とした。
「制約された議院内閣制」に対する著者の論点
このアッカーマンの意見に対して、著者は説得力があるがいささか視野が狭いとし、別の論点として二つの論点を付け加えている。
- 最高裁判所の人事権
- 内閣法制局の存在
まず、①であるが、最高裁判所の人事権は、内閣が持っているが、実際には、多くの慣例があり、政府・内閣が自由に決められるわけではない。その慣例としては、「裁判官人事に対して内閣は意見を徴する」「一五人のうち、裁判官から六人、弁護士から四人、検察官から二人、官僚から二人、学者から一名」「弁護士(枠)人事は、日弁連が推薦」などがある。
②の論点としては、違憲立法審査権の行使が少ないことを、最高裁判所の性向と在職年数に基づくとするのは、説得力に欠ける、と指摘し著者は、「内閣法務局」の存在の影響があるとしている。
日本では、戦後一貫して国会に安定した多数派が存在しているため、国会で成立した法律は内閣が提出したものである。内閣が提出する法律は、その草稿段階で、法律の専門家からなる内閣法務局の審査を受ける。その審査では、憲法に違反しないか否かは重要ポイントである。そのため、裁判官は内閣から提出された法律に関しては、自分と同等の専門家が審査したという前提で合憲判断できる。実際に、裁判所が下した憲法判例の多くは、議員提出法か、旧憲法下で成立した法令に関するものである。
日本における政治部門の「制約」が他の国に比べて弱いか否かについては、立法・司法・行政の三権だけでなく、他の機関の独立性や権限も含めて判断する必要がある。これは、アッカーマン氏自身のアプローチからも要請される。(抜粋)
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