『人生の一冊の絵本』 柳田邦男 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
子ども時代を生きるとは
子どもは、生まれた瞬間から母親の温もりを求める。そしてその温もりを十二分に味わえるかどうかはその後の人格形成、人間形成に影響を与える。乳幼児期に、DVや夫婦喧嘩などで母親の心が冷え切っていることは、子どものこころの発達をゆがめる要因となる。
ここでは、母の愛をテーマとした絵本を三冊紹介している。
『おかあさんは どこ?』
この絵本は、絵本専門店クレヨンハウスを主宰する作家の落合恵子さんが渾身の思いを込めて翻訳した絵本である。この絵本は戦争という限界状態での子どもの悲惨と救済が描かれている。
ある中東の村で、子どもが川辺で遊んでいた。その時、空と陸からの攻撃にさらされ、人々が逃げ惑った。その子も見知らぬ大人に手を引っ張られて逃げた。母親がどうなっているのかわからない。
その後、破壊された家々やころがる屍体、敵の軍隊や捕虜収容所での生活・・・・そのような場面が鉛筆画のデッサンによって描かれていく。
〈ないた。ときどき ないた、たびたび ないた。かあさんをおもって いもうとをおもってともだちをおもって その子は、ないた〉(抜粋)
その子は、結局難民の村で母親と再会することができた。
落合さんは、あとがきのなかで、こう記す。
〈想像してください。いまもなお、地球のどこかで、子どもの時代をうばわれている子どもがいることを。(中略)「その子」は、最後に「かあさん」に会うことができました。デュポワさんは、子どもから子ども時代をうばうものに激しく抗いながら、こういうラストにしたかったのでしょう。けれど、「おかあさん」に再会できることができない子どもがいることも、想像してください。〉(抜粋)
『おかあさんは なかないの?』
子どもは、いつも母親の顔をうかがて母親が喜んでいるか悲しんでいるかなどを読み取っている。この絵本では、幼いなみちゃんが、けがの手当てをしたとき、注射を打たれるときなどをあげて「おかあさんはなかないの?」と尋ねる。
お母さんは、どんな場合でも泣かなくっても平気だよ、と答える。
でも、お母さんはなみちゃんをじっと見つめて、〈もしも なみちゃんが、おかあさんのこと、きらいになったら、もしも どこかに いったまま かえってこなかったら、そうしたら、おかあさん、我慢できるかなあ・・・・>。なみちゃんはびっくり。(抜粋)
『しげるのかあちゃん』
しげるののかあちゃんは、つけまつげにマスカラ、ちゃぱつのすごいかあちゃんである。犬小屋を直し、火事を消し、電動草刈り機で草を刈って遊び場を作る。下校時には二トントラックでしげるをむかえにくる。
昔からいる肝っ玉かあちゃんの現代版と言おうか。こんな母親のかたちもあるんだと、作者はユーモアたっぷりに語るのだ。しげるは、こころの豊かな、たくましい若者に育つだろう。(抜粋)
関連図書:
クロード・K・デュボワ(作)、落合恵子(訳)『おかあさんは どこ?』、ブロンズ新社、2013年
平田昌広(文)、森川百合香(絵)『おかあさんは なかないの?』、アリス館、2013年
城ノ内まつ子(作)、大畑いくの(絵)『しげるのかあちゃん』、岩崎書店、2012年
おさな子が「おにいちゃん」になるとき
人の心の発達・成長は、けっして右肩上がりではなく、ステップアップする形をとる。そして子どもの場合にはその成長の形が感動的になることがある。ここで取り上げらる『ねえ、しってる』もそのような絵本である。
『ねえ、しってる?』
主人公は、四~五歳くらいの保育園児けいたくんである。自分と同じくらい大きなゾウのぬいぐるみ「そらさん」といつもお話ししている。そしておかあさんのお腹がおおきくなり、もう少しで赤ちゃんがうまれとおかあさんから聞いたけいたくんは、おにいちゃんいなろうと頑張る。
そしておとうとのゆうとが生まれた。するとおとうさんもおかあさんもおじいちゃんもおばあちゃんも、ベビーベットをのぞき込み、ゆうとに話しかけるが、けいたくんは、放っておかれる。
ゆうとくんがおすわりをして、活発になるとそらさんにも手を出そうとする。おかあさんにも〈おにいちゃんでしょ、かしてあげなさい〉といわれる。けいたくんは
そらさんに話しかける。〈ぼくはもう、おにいちゃんやめよかな〉と、こういうときに大事なのは、親が上の子にどう対応するかだ。(抜粋)
するとおかあさんが古い写真を見せてくれた。そこには幼い女の子がそらさんをだっこしている。おかあさんが幼かったころにおじいちゃんがおもちゃ屋でそらさんを買ってきてくれた。そしておかあさんになったとき、生まれてきたけいたくんにそらさんをプレゼントしたのだった。
けいたくんは、自分がだいじにされてきたことの情景を思い浮かべ、〈ぼくも ゆうとくんと おなじだ。おんなじだったんだ〉と気づく。(抜粋)
そして、けいたくんは保育園に行く前にゆうとくんにそらさんを貸してあげるようになった。そんなある日、けいたくんがそらさんと話そうとしてもそらさんはなにも話してくれない。けいたくんは、泣きそうになってお母さんに〈どうしよう、・・・〉といった。お母さんは、そらさんにはけいたくんの声がきこえるよといって、さらに
おかあさんにとっても、子どものころは、そらさんが「だいじっこ」だったけど、いまはけいたが「だいじっこ」なのだという、その声はまるでそらさんの声のように、けいたくんの耳に響いた。(抜粋)
関連図書:かさいしんぺい(作)、いせひでこ(絵)『ねえ、しってる?』、岩崎書店、2017年
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