『陰翳礼讃・文章読本』 谷崎 潤一郎 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
今日から「三 文章の要素」に入る。まず文章の要素について六つあるとし、それを解説している。続いて六つの要素の解説が一つずつ並んでいる。
今日のところは、文章の六つの要素の紹介と第一の要素「用語」の”前半“である。それでは読み始めよう。
文章の要素に六つあること —- 三 文章の要素
文章を学ぶには実習が第一であり、理窟はあまり役に立たないと前置きしたうえで、しかし、それでは読本を書いた意味がないので、試みに文章の要素を
- 用語
- 調子
- 文体
- 体裁
- 品格
- 含蓄
の6つに分けて、敷衍するとしている。
もちろんこの要素は、互いに区別できるはずもないものであるため、一つの要素に切り離して論ずることは不可能であり、一つを説く時も、常に他の五つのものが、そこに、同時にある。
用語について(前半)—- 三 文章の要素
六つの要素の最初は用語である。
用語の選び方の指針 — その選異を樹てようとするな
文章は単語から成り立っているため、その選択のよしあしが、根本である。そして谷崎は、その選び方の心得について
その選異を樹てようとするな。(抜粋)
に帰着すると言っている。
そして、それを箇条書きにして詳しく説明している。
- 分かり易語を選ぶこと
- なるべく昔から使い馴れた古語を選ぶこと
- 適当な古語が見つからない時に、新語を使うようにすること
- 古語も新語も見つからない時でも、造語、 —- 自分で勝手に新奇な言葉を拵えることは慎むべきこと
- 拠り所のある言葉でも、耳遠い、むずかしい成語よりは、耳慣れた外来語や俗語の方を選ぶこと
適切な語を選ぶ、同義語について
適切な語を選ぶためには、同義語を沢山知っていることが大切である。それは多く読んで多く単語を覚えそれをいつでも利用できるようにしておくことが必要である。しかし、無数の同義語を覚えることは不可能なので、同義語の辞典、英和辞書のようなものを座右に置いておくのも便利である。しかしこの場合、自分がよく知っていて、思い出せない言葉を引く用途に使うのであって、自分に馴染みのない世間に通用しない語を使うことは慎まなければならない。
ここで谷崎は「散歩する」の同義語を並べて具体的にその選択について説明する。
一般に同義語と云うものは案外数が多いのであります。それ故、無数の同義語の中から、その場にぴったりと当て嵌まる言葉を選び出すことは、決してやさしい仕事ではありません。(抜粋)
この同義語の選択について谷崎は、「適切な言葉はただ一つしかない」と戒めている。いくつかの候補の中で、その一語が適切であると選べないのは、神経が遅鈍であるためであり、そのような僅かな言葉の差異に無神経なようでは、よい文章は作ることはできない。
言葉が人を使う場合
この言葉の選び方は、自分の頭の中の思想に、最も正確に当て嵌まるものでなければならない
しかしながら、最初に思想があって然る後に言葉が見出されると云う順序であれば好都合でありますけれども、実際はそうとは限りません。その反対に、まず言葉があって、然る後にその言葉に当て嵌まるように思想を纏める、言葉の力で思想が引き出される、と云うこともあるのです。(抜粋)
最初から明確な思想がある場合はともかく、普通の場合は、自分の云おうとしている事柄の正体は、あいまいであるので「最初に使った一つの言葉が、思想の方向を定めたり、文体や文の調子を支配するに至る」ということがしばしばある。
とくに小説のようなものには、言葉によって次第に筋が形づけられることもしばしばある。谷崎自身も『麒麟』を書いたとき、まず「麒麟」という表題が先にあり、その言葉にぴったりとくるような物語を書いたとしている。
言葉の魅力と云うことでありまして、言葉には一つ一つそれ自身生き物であり、人間が言葉を使うと同時に、言葉も人間を使うことがあるのであります。(抜粋)
文の推敲(彫琢)も、その大半が単語の選択に費やされる。


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