征服王の近親結婚 —- Cane(カン)
池上 英洋 『フランス 26の街の物語』より

Reading Journal 2nd

『フランス 26の街の物語』 池上 英洋 著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

Chapter 1 人の物語 / 征服王の近親結婚 —- Cane(カン) 

ノルマンディーの街・カンは、征服王ウィリアム(ギョーム)とその妻が眠る街である。

ノルマンディーの「ノルマン」は、「北の(ノルド)+マン(人)」を意味し、スカンディナヴィア地方から来たゲルマン人を指す。彼らは「フィヨルド(ヴィーク)の人」の意味でヴィーキンガ(英語読みヴァイキング)と呼ばれる。

彼らは、九世紀頃から南下し、北ヨーロッパに入植し始めた。やがてセーヌ河を下りパリおも略奪するようになる。パリのシテ島を要塞化するなどして抵抗するも結局、西フランク王国はパリを守る代わりに、部族長ロロ率いるノルマンにセーヌ河河口域一帯を割譲せざるを得なかった。その時、キリスト教に改宗することも条件の一つであった。

こうして入植した人々は、次第にフランス化し、貴族化した部族長は、フランス王と臣従の礼を交わしてノルマンディー公を自称するようになった。

このノルマンディー公の息子がノルマンディー公ギョーム二世となる。ギョームは権力基盤を安定させ領土もロロの頃よりも西方に拡大した。当時から街道と重要河川が交わるカンは、実質的首都の役割を果たすことになる。彼が建てたカンの城は、中世西ヨーロッパの城のうち最大のものである。

ノルマンディー公領の安定化のためギョームはフランドル(現在のベルギー)伯と手を結ぼうと伯の娘のマティルダと婚約するが、両者が五親等の間柄であったため、ローマ教皇から待ったをかけられた。

このころイングランドの王位についていたのは、ウェセックス家のエドワードであった。エドワードの母はノルマンディー公国の出身のため、このないエドワードに代わってギヨームがイングランド王位を継承する予定だった。しかし、エドワードの死後、兄のハロルドが王位を継承してしまう。

約束を反故にされ起こったギョームは、海を渡り戦争を仕掛ける。そして、ノルマンディー公国側が勝利した。ハロルドは戦死し、アングロ・サクソン系の最後のイングランド国王となった。ギョームはイングランド王ウィリアム(ギョームの英語読み)一世(征服王)として即位し、現在のイギリス王家まで続くノルマン系王朝の祖となった。このストーリーは、美術史に燦然と輝く〈バイユーのタペストリー〉に描かれている。

ギョームはこの対英戦争の始まる前に、一旦はあきらめていたマティルダとの結婚を果たした。この結婚はかなり強引であったが、その後の夫婦関係はおおむね良好であったと考えられている。そして、後に代替わりしたローマ教皇から許可も取り付けている。そしてそのお礼としそれぞれが修道院を建てた。その修道院は今もカンの地に残り、二人の墓もそれぞれの教会に収められている。


イギリスの王家がフランス系となり、英語にフランス語の影響が入っていった、と云うような話は知っていましたが、要するにそうゆう話だったんですね。(つくジー)

コメント

タイトルとURLをコピーしました