[再掲載]「「祝祭的日常」のリアリズム」(金瓶梅)
井波 律子『中国の五大小説』(下)より

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(初出:2009-04-20)

「中国の五大小説」(下) 井波律子 著

『金瓶梅』の巻 — 謎の「作者」と裏返しの悪夢 三 「祝祭的日常」のリアリズム — 李瓶児の登場

潘金蓮が西門慶の家に輿入れし、ひと悶着あった後、やっと『金瓶梅』の瓶の李瓶児が登場する。

李瓶児は、大富豪の花子虚かしきょの正夫人であったが、ただの遊び人の花子虚の愛想を尽かし、同じ遊び人でも商売も忘れない西門慶と密通する。

そして、李瓶児は花子虚の死後に莫大な財産を、惚れぬいた西門慶に託して何とか輿入れをしようとイロイロな手を打ち、やはりひと騒動の後に輿入れをすることになる。

このような物語を進行させていく過程で、『金瓶梅』の作者は祝祭日を賑やかに過ごす情景を繰り返し描写する。

こうした祝祭的なシチュエーションを断続的に連ねながら、物語を進行させる金瓶梅世界においては、カーニバル的な「非日常」が「日常」に逆転しているといってもよいでしょう。

このような場面で『金瓶梅』の作者は料理の名前を丁寧に記していく。もっとも、西門家には正式な料理人はいず、品数が多いだけの大盤振る舞いが基本で、これは過剰な欲望に憑かれた登場人物のありようと、相似形をなす。

ここには、執拗に盛りだくさんの料理メニューを羅列しつづける作者の、冷徹な視線が認められます。

料理の名前だけでなく、作者は日付や生年月日、服装や装束なども事細かに詳細な記述をしている。これは、当時の色物系の白話本が物語にリアリティーを出すために用いた常套手段であった。

『金瓶梅』の物語世界は、大筋ではたしかに欲望の塊である妖怪じみた人々が登場して、タガのはずれたドンチャン騒ぎに興じ、「祝祭的日常」をくりひろげてゆきます。しかし、その一方で、日付、年齢、金銭、住宅構造などの細かな描写や、あけすけな会話のやりとりを臆面もなく記することによって、臨場感を高め、リアルな手ごたえに満ちた物語世界を現出させているのです。

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