(初出:2009-04-19)
「中国の五大小説」(下) 井波律子 著
『金瓶梅』の巻 — 謎の「作者」と裏返しの悪夢 二 西門家の女たち — 潘金蓮の密通事件
『金瓶梅』の中心人物は、西門慶であるが、彼は『三国志演義』の劉備、『西遊記』の三蔵法師、『水滸伝』の宋江と同様に物語世界を動かしてゆく積極性や主体性に欠けている。彼は多彩な登場人物をつなぎ合わせる役割を担う「中心人物」であり、その意味では、中国白話長編小説のセオリーに則った存在である。
個々の人物に焦点をあて、その変化や成長を追跡するのではなく、多数の登場人物の織りなす「関係性」を描くところに、力点を置くという物語作法においても、『金瓶梅』は、先行作品を踏襲している。ただ『金瓶梅』の世界は西門家という限定された空間で西門慶とその周囲の女たちの関係を描き出すことがテーマになっている。
さて潘金蓮が西門慶の家に輿入れしたとき、すでに4人の夫人がいた。
- 呉月娘(正夫人)
- 李嬌児
- 孟玉楼
- 孫雪娥
彼女達は、西門慶との一対一の関係のみならず女性同士の相互的な関係を強く意識して身を処していた。この中で正夫人の呉月娘は別格である。
この時代に女性の経済力は実家や前夫の経済力にほかならず、この中で孟玉楼は非常に豊かな経済基盤を持っていた。それと対照的に貧しい饅頭売りの妻だった潘金蓮に経済的基盤など全くなかった。そのため、彼女がこの家で堂々と生きてゆくためには西門慶を引きつけておく以外に手がなかった。
こうして、潘金蓮はその忠実な召使である春梅と共にこの家の他の女性と猛然と戦う事になる。(『金瓶梅』の金は潘金蓮であり、梅はこの春梅のことである。そして瓶は、後に第六夫人として輿入れされる李瓶児。)
かくして潘金蓮は闘争心をむきだし、目ざわりな相手には委細かまわず突っかかってゆき、あちらこちらで騒動をおこすのです。そんな彼女の姿には、『金瓶梅』の物語世界をはげしく撹乱するトリックスターのイメージがあります。
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