『中国の五大小説』の上巻の再掲載が終わりました。今日から下巻に入る。
上巻の最初に書いたように、この本、井波律子の『故事成句でたどる楽しい中国史』にあった『紅楼夢』の話が、再掲載の理由でした。っで、その『紅楼夢』は、下巻なんですね♬
関連図書:
井波律子(著)『故事成句でたどる楽しい中国史』、岩波書店(岩波ジュニア新書)、2004年
井波律子(著)『「中国の五大小説」(上) 三国志演義・西遊記』、岩波書店(岩波新書)、2008年
(2025年6月8日)
(初出:2009-03-31)
「中国の五大小説」(下) 水滸伝・金瓶梅・紅楼夢
井波律子 著 岩波書店(岩波新書) 2009年 900円+税
はじめに
「中国の五大小説」の下巻がやっと出た。『三国志演義』『西遊記』を扱った上巻が結構面白かったので、出版されるのを心待ちにしていた。
下巻では引き続き『水滸伝』、『金瓶梅』、『紅楼夢』をとりあげる。
『水滸伝』は『演義』や『西遊記』と同様に連続長編講釈を母胎とする「語り物」である。『演義』や『西遊記』よりもはるかに盛り場演芸である「語り物」の臨場感をとどめている。『水滸伝』には、百回本のほかに百二十回本、七十回本などがある。
『水滸伝』もまた『演義』や『西遊記』と同様に「章回小説」(ココ参照)の形式を取る。
注目されるのは、『水滸伝』がこのスタイルを最大限に活用し、百八人の豪傑を有機的に結びつけながら、次々に「数珠繋ぎ」形式で登場させ、緊密な物語世界を形づくっていることである。
『水滸伝』の世界で重視されるのは、「狭の世界」である。男同士の倫理感は爽快だが、反面女性に関しては過剰に潔癖であり、ほとんど女性嫌悪の様相を呈している。
『水滸伝』には、「女性的なるもの」はすべからく「悪」であり、排除されて当然だという倫理感が厳然と存在するといってもよかろう。
つまり、『水滸伝』は女性排除のストイックな「男の世界の物語である。
いっぽう『水滸伝』にヒントを得ながらもこれを逆転させて、悪女が引きもきらず登場して、欲望とエロスの世界を描く『金瓶梅』が生まれた。
『金瓶梅』は、「語り物」の作品とは違い、最初から単独の作者によって構想された作品である。この『金瓶梅』をもって、中国古典白話小説は「語られもの」から「書かれたもの」へと大転換をとげた。
『金瓶梅』は、『水滸伝』に描かれた豪傑武松の、不倫を犯し実兄を殺した兄嫁の潘金蓮と、不倫相手の西門慶を惨殺したくだりに着目し、もしこのとき潘金蓮と西門慶が殺されなかったらという仮定にもとづいて、『水滸伝』から離陸し、新たな物語世界を構築していった。
『金瓶梅』は、内容においても構成においても「語り物」を母胎とする先の三篇と異質である。内容においては、先の三篇が男たちの戦いや冒険を描くのに対して、欲望まみれの男女の姿を描いた。構造的には、エピソードを数珠つなぎに描く方法から離脱して、全体を見渡して大勢の登場人物を周到に配置して堅牢な物語世界を作っている。
『金瓶梅』の成立から百五十年後、十八世紀中ごろに、曹雪芹により著されたのが『紅楼夢』(百二十回本)である。これは『金瓶梅』にヒントを得ながら、その猥雑さを徹底的に浄化して精錬し精緻な物語世界を作り上げた。百二十回のうち八十回を曹雪芹が執筆し残りの四十回を曹雪芹の病死後に彼の構想をもとに高鶚が執筆したと言われる。
『紅楼夢』の物語世界は、「大貴族」賈家を舞台に、少女崇拝者である中心人物の少年、賈宝玉と林薫玉をはじめとする美しい少女たちがくりひろげる夢のような世界をきめこまやかに描きあげるとともに、周囲の大人たちの醜悪な世界をも綿密に描きだすという、まことに考えぬかれた緻密な重層構造によって組み立てられている。
これは、作者が明確な方法意識をもって作り上げた「小説」以外のなにものでもない。
以上のように、「書かれたもの」として最初の白話長編小説である『金瓶梅』は、『水滸伝』にヒントを得ながら、「物語」から離陸して「小説」に向い、『紅楼夢』は、中心人物の描きかたなど、『金瓶梅』が残した課題に一つの解答を与える形で、「完全な小説」へと飛躍した。
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