[再掲載]「『土佐日記』ー性の越境」
鈴木健一 『知っている古文の知らない魅力』より

Reading Journal 1st

「知っている古文の知らない魅力」 鈴木健一 著 
[Reading Journal 1st:再掲載]
(初出:2006-05-31)

コラム 『土佐日記』-性の越境

コラムとして『土佐日記』が取り上げられている。まず、冒頭。

男もすなる日記にきといふものを、女もしてみむとして、するなり。それの年の、十二月しはすの、二十日あまり一日ひとひいぬの時に門出す。そのよし、いささかに、ものに書きつく。或人、あがた四年五年よとせいつとせはてて、例のことどもみなし終へて、解油げゆなど取りて、住むたちより出でて、船に乗るべき所へ渡る。かれこれ、知る知らぬ、送りす。年ごろ、よく比べつる人々なむ、別れ難く思ひて、日しきりに、とかくしつつののしるうちに、夜ふけぬ。

(男も書くと聞いている日記というものを、女の私もしてみようと思って、書くのである。その年の十二月二十一日の日の、午後八時頃に出発する。その旅の様子を少しばかり紙に書きつける。ある人が、地方勤務の四、五年の任期が終って、定められた事務をすべてすませて、解由状などを受け取って、住んでいる官舎 から出て、船に乗ることになっている所へ行く。ある人もこの人も、知っている人も知らない人も、見送りをする。長い間、親しく付き合った人々は、別れづらく思って、一日中、あれこれと大騒ぎしているうちに、夜がふけてしまった。)(抜粋)

この文章では、著者の紀貫之が女性になり代わっている、女性仮託という手法を用いている。
当時は、男性は漢文を用い公的な文章を書き、女性は仮名文字で私的な文章を書くというのが原則でした。
紀貫之は、仮名で日記を書くためという理由だけでなく、公的な立場から自分を解放するために、女性仮託をして日記を書いた。

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