[再掲載] 乱世に遭う。死ぬことを能わず
宮脇俊三 『史記のつまみぐい』より

Reading Journal 1st

「史記のつまみぐい」宮脇俊三 著
[Reading Journal 1st:再掲載]
(初出:2005-06-21)

第三章 李斯列伝・秦始皇本記II 乱世に遭う。死ぬことを能わず
第四章 李斯列伝・秦始皇本記III 鹿を献じて曰く、馬なり

李斯りしの話のつづき
始皇帝は、李斯の助けもあり天下を統一した、しかし、晩年は李斯を疎ましく思った。
その隙間に入り込んだのが、宦官の趙高ちょうこうだった。
そして、いよいよ始皇帝が亡くなるさいに、後継に、扶蘇ふそを指名した壐書じしょを趙高は握りつぶし、代わりに自分が手なずけている胡亥を指名した壐書を偽造した。李斯はそれに抵抗したが、趙高の巧みな詭弁によってついにそれを認めてしまった。
事実上、趙高が実権を握ると、皇帝は遊興にふけり李斯が進言しようにも趙高に阻まれ進言できなかった。そして、そのころに各地で反乱も起こった。(その中には、有名な項羽と劉邦もいる)
ついには、趙高の罠はまり李斯は、処刑された。
李斯亡き後、趙高は自ら皇帝になる事を画策したが、それには失敗し始皇帝の孫の子嬰を皇帝とした、そのころになると趙高の姦臣ぶりは明らかになり、子嬰を見舞いに行った時に宦官に殺された。

司馬遷は、趙高について数多くのページをさいている。・・・中略・・・それほど、 趙高、の存在はおおきかったのだが、司馬遷は「趙高」の名を冠した巻をつくろうとしない。司馬遷は、どんな悪人であっても、一つでも見所があれば、それを 評価し顕彰する人だが、さすがに趙高だけは評価のしようがなかったのであろう。(抜粋)

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