「史記のつまみぐい」宮脇俊三 著 新潮社 2004年 1200円+税
[Reading Journal 1st:再掲載]
(初出:2005-06-19)
第一章 商君(商鞅)列伝 これ皆、化を乱る
このところ、硬い本ばっかりで疲れたので、この本を買ってみた。前から気になってた本だけど、本屋の棚にあったので、ちらりと覗いてみると、字の大きさも大きくって、読みやすそうだ!
新潮社のPR誌「波」に連載されたものらしい。
史記は、中公クラシックス版で列伝 (貝塚・川勝 翻訳)を読んだことがあるが、なかなか面白かった・・・・タダ、もう一回読むのはつらいかもねwww
重病の床についた公叔痤は、見舞いに来た恵王に言った。
「(私が死んだあとは)国政のすべてを商鞅に相談されますよう。若いが稀な才能の持主です」
恵王は黙して答えなかった。それを見て公叔痤は言った。
「商鞅を登用しないのであれば、彼を殺してください。他国に行かしてはなりません」
恵王が帰ったあと、公叔痤は商鞅を呼んで、国外への逃亡をすすめた。しかし商鞅は、
「私を登用せよとの君の進言を王が容れないのならば、私を殺せと進言も王は容れないでしょう」
と答え、逃亡はしなかた。(抜粋)
なるほど、傑出した人物というものは、度胸が座っているもんだな~・・・殺せ!ってのもすごいよね~
結局、商鞅は魏に留まったが、秦国で賢者を求めている事をしり、秦に移り登用される。厳しい法令を定め秦を栄えさせる。しかし、そのやり方は冷酷なものであった。
商君は権勢をきわめたが、孝公が死ぬと、急転直下、反対派に讒言によって謀反人との烙印をおされ、国外へ逃亡する破目になる。
国境の函谷関まで逃げた商君は、宿屋に泊ろうとした。しかし、宿の主人は、
「商君の法によりますと、通行手形を持たぬ者は泊めてはいけないことになっております」
と断った。
商君は魏へのがれたが、魏はその身柄を秦へ送り返した。商君は殺され、死体は車裂にされた。(抜粋)

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