[再掲載]「作者素描」1
内藤 濯 『星の王子とわたし』より

Reading Journal 1st

「星の王子とわたし」 内藤 濯 著
[Reading Journal 1st:再掲載]
(初出:2007-03-02)

作者素描 戦前戦後

ここから、「作者素描」。『星の王子さま』から離れ、サン・テグジュぺリの話。
今日の所は第二次世界大戦。

一九三九年、第二次世界大戦勃発の年、フランス・アカデミーは、サン・テグジュぺリの体験記『人間の土地』に小説大賞を授けた。これにより彼の名声が一挙に上がる。

そのころ、作者はドイツからの旅から帰国していた。ドイツは廃頽しきっているとのフランスでの宣伝は嘘であり、工場という工場がせっせと働いている事を目の当たりにした。しかし、フランスでは指導者階級の人たちがドイツ軍の圧倒的な戦力に対抗する手段を何に一つ取らずに、ただ派閥抗争の醜さをくりかえしていた。

あくる年の五月十日、サン・テグジュぺリは、二十四時間の休暇をあたえられて、パリにいた。すると夜が白みはじめるころ、ひとりの友人が戸を叩くので目をさました、ドイツ軍がベルギイとオランダに侵入したという。いよいよ戦いがはじまったのである。サン・テグジュぺリは、大急ぎで所属部隊に復帰した。

戦況は悪かった彼も南下していった。ボルドウでは、混雑が絶頂だった。

ところで、高級料亭の”シャポン・ファン”に目を移すと、フランスが崩壊寸前だというのに、国政に責任を持った人たちが、あやしげな女たちといしょに美食にふけっている。それを見たサン・テグジュぺリは胸がむかついて物が言えなかった。

彼は来る日も来る日も、戦友たちと一命を危うくすることで日をすごす。
その後、フランスが三分の二ほど侵略された後、休戦となる。彼はなぜフランスが敗北したのかを考えた。

一国民の無能力ばかりではなく、指導層の無気力と利己主義とが、事をかくあらしめたのである。数知れない子供と女と老人とが、避難の道路の上で苦しんだり命を落としたりしているのに、要路の人でありながら、安楽な日々を送ることばかりに頭を向けていた恥知らずな行動が、一国を恐ろしい奈落におとしたのである。

サン・テグジュぺリは、アメリカが参戦しないかぎり、ドイツの敗北など考えていなかった。休戦後のアルジェでは、寸時もはやく復員になり、生まれた土地に帰りたがっていた。彼はガブリエルのいるアーゲで静かな生活を送ろうと考えていた。しかし、生きるためには書かなければならぬ。そしてそれを満たすのは交友関係もあり、出版の面倒を見てくれる人がいるアメリカを措いてほかになかった。

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